先輩小児リウマチ医の話を聞いてみよう!
小児リウマチ医のキャリア形成はどんな感じ?
研修はどうしているの?めったに見ない疾患なのに市中病院で役に立つの?
様々な疑問に対する答えを先輩の体験から見つけてみませんか
井上 なつみ 先生
(Division of Rheumatology, Cincinnati Children’s Hospital Medical Center;金沢大学 小児科)
金沢大学所属、2010年卒の井上なつみです。2023年10月執筆現在、Cincinnati Children’s Hospital Medical Center(CCHMC)のリウマチ科、Schulert LabにてResearch fellowとして留学中です。主に留学に関して、私の経験を共有させていただきたいと思います。
まず最初に留学に至るまでの経緯ですが、夫が留学を決めたのが最初です。私はそれまでずっと北陸から出たことすらなく、自ら動いて留学へ行こうとは考えていませんでした。夫(循環器内科医)が学位取得ごろから留学を考えはじめ、CCHMCに留学先を見つけました。留学に行くなら家族で一緒に行くことは決めていたものの、自分も仕事をするのかどうかは当初曖昧でした。が、せっかくシンシナティに行くのならリウマチ科に関わりに行きたい!と思ったわけです。ご縁をいただき、Grant Schulert先生とのやりとりの末、半年ほど主婦生活を経て2021年10月から仕事を始めることができました。アメリカでの医師免許を持っていないため研究に集中していますが、著名な先生方と身近にディスカッションできたりする環境は、貴重でありがたいものです。
Schulertラボでは主にSJIAとその合併症に着目し、患者さん由来の検体とマウスモデル双方を用いた研究が行われていますが、リサーチコア施設で多彩な研究手法を利用したり、Bioinformaticsの専門家とのコラボレーションなど、大きな研究施設ならではの経験をしています。なんだかすごいことをしているような書きぶりですが、上記のとおり非常に受け身な流れで今日に至っていますし、仕事、生活いずれも自信喪失した体験が数えきれません。将来について考えると、日本に帰ってから臨床の仕事にスムーズに戻れるだろうか?家族の生活の変動、子供の負担は?などなど、不安になることが山積です。一方で、多様なバックグラウンド・視点をもつ人々と触れ合い、世界にはいろんな人がいる、いろんな考え方の人がいるということを肌で感じ、今の貴重な経験をポジティブに捉えられるようになってきました。
これから専門分野やキャリアについて考えていくみなさんは、現代の様々なツールを駆使して多くの情報を得ながら将来について考えることができるのではないでしょうか?私は留学前の情報収集を頑張ったつもりでしたが、こちらに来てから全然足りなかったなと後悔しました。今後、私の少しの経験でも、何らかの形で小児リウマチを志す先生方のお役に立つことができたら幸いです。



篠木 敏彦 先生
(独立行政法人国立病院機構 三重病院 小児科)
私は現在、国立病院機構三重病院で急性病棟の担当をしています。入院患者においては、市中病院の小児科同様、ありとあらゆる疾患を診ています。
リウマチ膠原病みたいな希少疾患を専門にしても、一般の市中病院勤務なら意味がないんじゃないの?という問いに対して、全くそんな事はないよという話をしたいと思います。小児科における入院の主訴で最も多いのは何でしょうか?発熱ですね。炎症性の疾患を専門としている私たちは、より深く、より正確に患者さんの病態を把握できる能力があります。例えば、川崎病と全身型JIAとの鑑別。川崎病学会でも難しいという話をよく聞きますが、熱型や皮疹の性状、フェリチンや尿中β2MGを加えた炎症の評価、全身型JIAにおけるマクロファージ活性化症候群の考え方などから、診断あるいは病態や病勢の見方についてより多角的に判断することが出来ます。
感染症を見る目も更に深くなります。ここ数カ月(執筆時2023年10月上旬)ヒトメタニューモウイルスが流行していますが、たまにCRPが上昇し熱が非常に長引く事があります。細菌感染の合併もあると思いますが、その中には尿中β2MGが数万まで上昇するようなケースがあって、高サイトカイン血症になっていると判断し、プレドニンを短期間併用して改善した症例も経験しました。
神経疾患でも最近は自己免疫介在性脳炎が注目されています。治療がステロイドパルス、IVIG、シクロフォスファミドなどリウマチ膠原病と重なります。これらの治療に関しては神経専門医よりも私たちの方が精通しており、大学病院から治療について相談があったり、県外の日本有数のてんかんセンターから治療の継続のため患者さんの紹介を受けたりしたこともありました。
市中病院には腎臓の専門家がいるところは少ないと思いますが、私たちはループス腎炎で腎臓にはなじみがあり、ネフローゼ症候群などでのステロイドの使い方には他分野を専門としている人たちより一日の長があります。
リウマチ膠原病は免疫や炎症をベースとする全身性の疾患なので、そこで学んだものはありとあらゆる疾患に応用できることが多いのです。
「希少疾患だから」「大学には残れない(残りたくない)から」などと言わずに、少しでもこの分野に興味があれば、是非とも門戸を叩いてみる事をお勧めします。
佐藤 知実 先生
(滋賀医科大学附属病院 小児科)
私は、学生時代に免疫学に強い興味を持ち、小児科医になることは入学前から決めていたことから、初期研修終了後に小児リウマチ医を目指して滋賀医科大学小児科学講座に入局し、入局後に滋賀医科大小児科に小児リウマチ医がいないことに気づきました。1度はあきらめかけたのですが、医師3年目の秋に、札幌で開催された小児リウマチ学会で『一番やさしそうな先生に相談しよう』と決めて出席、当時横浜市立大学小児科准教授をされていた今川智之先生に話しかけました。
事情を伝えると、『うちに勉強においで』と言って下さり、4年目から一時出向した近江八幡市立総合医療センターの小児科部長に相談し、月に1回、木曜日に横浜市立大学小児科の横田教授の外来に見学、リウマチグループのカンファレンスに参加させていただけることになりました。
外来見学、カンファレンス共に大変勉強になり刺激的だったのですが『これを何年続けても、自分は滋賀で一人で小児リウマチを担うことができない』と焦りを感じ、滋賀医大小児科竹内教授に、滋賀医大で小児リウマチ外来を開く必要性とそのために国内留学が必要であることをプレゼンし、6年目の秋から1年半横浜市立大学に国内留学し、SLEやJIAの初発、あるいは重症例をたくさん担当し、初期の症状、診断に必要な検査、説明、寛解導入と寛解維持の選択肢、あるいは国内外での学会発表など得難い経験を得、8年目の春に滋賀医大に帰学し小児リウマチ外来を開くに至りました。
しばらくは、滋賀医大小児リウマチ外来を軌道に乗せ、1人で滋賀県の小児リウマチ患者の診療をすることに必死でしたが、6年たち、患者が150人を超え、京都府立医大の秋岡先生が『基礎をしっかりやらないと成長しない』とおっしゃっていたことを思い出し、大学院に進学し、基礎学の講座で学位を取得することとしました。大学院在学中に二人の子供に恵まれ、現在は育児、家事に追われながら基礎研究を続けつつずっと持続して小児リウマチ診療を行っています。毎日ご飯を作り、お風呂、読み聞かせ、寝かしつけなど大変かもしれませんが一番のストレス発散となり、娘二人には日々感謝しています。
小児リウマチ診療は、かなりの知識と経験を問われる分野で、患者は少ないと思われがちです。しかし、どの地域にも絶対に、困っている患者さんはおられます。彼らに最先端、最良の医療を届けるのが我々田舎の専門医の使命です。現状に満足することなく、常に研鑽していこうと思います。
橋本 邦生 先生
(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 小児科)
- 簡単な経歴
2003年卒.2011年に長崎大学に赴任するまでサブスペシャリティーとして小児アレルギー疾患の診療,研究を行っており,小児科専門医とアレルギー専門医を取得していました. - 国内研修のきっかけとモチベーションの源は何だったか
前任地でも全身型JIA,SLEなどリウマチ性疾患も少数例経験していましたが,特に全身型JIAの患者さんが難治でステロイドの副作用に苦しんでいたなか,2008年にトシリズマブが使用可能となりみるみるよくなっていたのを目の当たりにし,リウマチ性疾患が治療できる疾患へと大きく変わっていくのを感じていました.第1回小児リウマチ研修会(沖縄)に参加する機会をいただき,本格的に研修をしてリウマチ診療にかかわりたいと考えるようになりました.
2011年に長崎大学に赴任したあとは,リウマチ性疾患について診療する機会は増えました.治療薬も考え方もどんどん変わってくる時期で,手引きも今ほど充実しておらず「小児リウマチ性疾患診療のお作法,常識」を身に着け,まずは長崎に標準治療を届けることを第一の目標に専門施設での研修を志願しました. - 実際、リウマチ研修してみてよかったこと,苦労したこと
赴任当初,長崎大学にはリウマチ診療班がなく人手も充足しているとは言えなかったため国内留学の形での研修は困難でした.そこで当時交流させていただいていた横浜市大小児科の先生方に膠原病外来の木曜日にあわせて研修をお願いし,前日最終便で横浜に向かい研修翌朝1便で長崎に戻る研修を月1回で5年半継続させていただきました.良かった点は①外来研修で様々なphaseの患者さんをとてもたくさん見せていただけたこと ②病棟回診も参加させていただき病棟患者さん管理についても見せていただけたこと ③通いではあったものの5年半の長期にわたり受け入れていただき,当時ちょうど新しい治療薬が次々と小児に承認されていた時期で自分に経験がなかった治療をしている患者さんを実際にみせていただけたこと ④横浜市大の先生方や各地から研修に来られていた先生方と人のつながりがたくさんできたこと⑤ついでにマイルがたまったことです.
苦労した点は,移動のための早起きと,航空券代くらいだと思います.得られたメリットに比べると大したことはありません. - 今の仕事にどう生かされているか
診断プロセスに始まり,合併症対応,生活指導など長期に患者さんを診ていく基本的なスタンスを学べて,その後もとても役立っています.またリウマチ診療の考え方が,アレルギー疾患,感染症,炎症性腸疾患などの治療にも応用できており,とても幅が広がったと思います.そして研修の時にお世話になった先生方と今も学会等でお仕事をさせていただいていることがとても大きいことだと思います. - 若手へのアドバイス
小児リウマチ膠原病の診療は,総合診療医の要素もあり専門性の要素もある魅力的な分野です.以前に比べると治療薬も増えて多くの患者さんが社会に戻れるようになっています.小児リウマチ研修を始める入り口も多くなりましたし,ぜひ小児リウマチの患者さんの診療に取り組んでみませんか?いろいろな形で将来の自分にも役立つと思います.
八代 将登 先生
(岡山大学病院 小児科)
- 簡単な経歴
2002年に愛媛大学を卒業し岡山大学小児科に入局しました。大学時代はワンダーフォーゲル部と合唱部に所属していました。今でも時々山には登ります。岡山大学病院で研修ののち、中国四国地域の関連病院を巡りつつ、2012年に6年かかったマウスの実験で医学博士を取得しました。同年から岡山大学病院で膠原病・アレルギー・感染症の専門外来を始めて、現在はリウマチ専門医・指導医のほか、アレルギー専門医と感染症専門医を取得しています。どの分野も過剰な炎症が病気の本体ですので、これらの炎症を適切に制御することを心がけて診療しています。(2023年からPMDAに出向中。岡山大学病院で小児リウマチ外来のみ週1回行っています。) - 国内研修のきっかけとモチベーションの源は何だったか
2012年に小児リウマチ外来を引き継ぎましたが、臨床経験が乏しいので日々震えながら診療していました。小児リウマチ学会や近畿地区の研究会などに全て参加し、たくさんの先輩方に質問し続ける日々でした。第3回の小児リウマチ研修会(沖縄)に参加して、同じ状況の仲間に出会えたことは私の財産です。「これまでの先生方が繋いでくれた岡山での小児リウマチ診療を維持したい」という責務と「私が主治医であることでこの子の将来を悪くしたくない」という恐怖から、国内研究は当初から希望していました。2015年にグループメンバーが増えたこともあり、月に1回鹿児島大学に研修に行くことができました。 - 実際、リウマチ研修してみてよかったこと,苦労したこと
月に1回での研修でしたが、非常に多くのことを得ることはできました。毎回大量の質問をして膨大な情報を学びました。先生方も患者さんも皆笑顔で優しくて、実際の診療を見せて頂いたり診察をさせて頂いたりしました。
よかったこと
① 自分の診療の位置を知ることができたこと:それまでは自分が分からないことが、未解明の事象なのか自分の勉強不足(経験不足)なのか分かりませんでしたが、研修を通して自分の足りない部分が明らかになりました。今では分からないことを分からないと言えるようになりました。
② 同じ状況の仲間と出会えたこと:外来には九州地域一帯から学びに来ておりましたので、たくさんの良い刺激を受けました。
③ 月に1回、院内PHSを手放せる開放感を得たこと
苦労したこと
① グループリーダーのため病院からPHSに時々相談が来ます。やはり研修は若手のうちに行うことをお勧めします。
② 移動の費用がかかります:研究費と自費で半々くらいで賄いました。 - 今の仕事にどう生かされているか
新しい知識や経験を得たことはもちろんですが、「新しい人との出会い」と、「視野が広がったこと」も今の仕事に生かされています。私の国内研修の目的は、「岡山で全国標準の小児リウマチ診療を行うこと」でした。その後、研修で出会った方々から助言を頂いたり夢を語って頂いたりすることで、自らの小児リウマチに取り組む視野が大きく広がりました。全国規模のお仕事を頂いたり、国際学会での発表を行ったりなど一人の時は思ってもいませんでした。 - 若手へのアドバイス
小児リウマチ性疾患の多様性と同じくらい小児リウマチ医も多様性があります。さらに若い先生方は置かれた立場や目指すべき将来像など一人一人異なっていると思います。ただ、一人の患者さんに深く向き合ったからこそ気づけた思いを仲間と共有できることは素晴らしい経験です。もし周りにすぐに相談できる人がいないならば国内研修をお勧めします。研修にはいろいろな形があります。仲間を増やして視野を広げると、地域の小児リウマチ診療にはもちろん先生自身の未来にも必ずプラスになりますよ。
光永 可奈子 先生
(千葉県こども病院 アレルギー・膠原病科)
私は2010年に千葉大学医学部を卒業した後、2年間の初期臨床研修を経て母校の小児科医局に入局しました。その後は医局人事で一般病院と専門病院を行ったり来たりしながら、小児科とアレルギーの専門医を取得し、2020年度からは千葉県こども病院アレルギー・膠原病科で勤務しリウマチの専門医取得を目指しています。
私が小児リウマチ研修に入ったきっかけは2つあり、1つは親しい友人のご家族が関節リウマチを患っていたことです。友人に膠原病発症の兆候があったときには、相談に乗れるような知識と経験をもっていたいと学生時代から思っていました。もう1つは実務的な話になりますが、将来的には専門外来で活躍できる医師になりたかったということもあります。大学の免疫班は忙しいらしいと聞いて躊躇する気持ちは正直に言って少しありましたが、当初のモチベーションと、免疫学の興味深さに惹かれて飛び込むことにしました。後期研修開始から数年は、臨床や学会活動で、一時期は自宅に帰る気力が残らないほど疲弊することもありましたが、今では発表内容を論文にまとめたり、新しい臨床研究を組んだりする時間もとれるようになりました。
臓器別の診療になることの多い専門病院の中で、膠原病は多臓器にわたる疾患ですので、全身をみられるという特徴があります。もちろん実際にはぶどう膜炎は眼科に、皮膚生検は皮膚科に、などということになりますが、その調整役をしながら患者さんの一番近くで一緒に治療していくことができるのが小児リウマチ研修をして良かった点です。苦労している点は、年に何度か経験する血球貪食症候群の対応で、感染症と免疫抑制のバランスに難渋しており、自分の病院で扱っていない治験薬が必要で、転院せざるを得ない場合には申し訳なさを感じることもありました。
小児リウマチの分野は新しい生物学的製剤が次々と承認されており、自分自身の知識が増えることで、患者さんの治療選択肢も広がります。思春期女性の診療に携わることが多く、女性医師を希望されることもあります。外来で直接感謝の言葉をいただけたり、入院中つらい時間を過ごしたお子さんが元気に社会生活を送っていたりするのを見たりすると、医師になって良かったと改めて感じられます。
小児リウマチは希少分野ではありますが、その分診断や治療ができる医師は貴重です。専門性を高めたいという先生はぜひ小児リウマチの道も考えてみてはいかがでしょうか。
弘田 由紀子 先生
(米原市地域包括医療福祉センター)
私は現在、米原市地域包括医療福祉センターで一般小児外来や小児の訪問診療をしつつ、滋賀医科大学医学部付属病院 小児科に勤務しています。小児リウマチ外来を担当しており、主に外来患者さんの診察を行っています。
私は関東で小児科後期研修を修了しましたが、研修先に小児リウマチの指導医がいなかったため、東京医科歯科大学生涯免疫難病学講座の森雅亮先生にお願いし、外来見学をさせてもらいながら小児リウマチ診療の勉強を始めました。2015年小児科専門医資格を取得後、家族が関西に転勤になり一緒に滋賀県に引っ越しすることになり、2017年に滋賀県の米原市地域包括医療福祉センターの診療所で小児科医として働きはじめました。森先生のご紹介で、滋賀医科大学医学部附属病院の佐藤知実先生のもと本格的に小児リウマチの研修が始まりました。まずは、佐藤先生の外来見学を開始し、少しずつ初診患者さんの診察をして、入院患者さんの説明に入らせてもらいながら、2018年頃からはそのまま非常勤医師としてそれらの患者さんの外来を担当し始めました。
私には3人の息子がおり、上は中学生、下は幼稚園児です。核家族でサポートが少ない中、家庭と仕事に忙しい日々ですが、家に近い市立長浜病院膠原病内科の梅原久範先生、同院整形外科の廣瀬伸次先生にご快諾いただき、手術とカンファレンスの見学を通じてたくさん勉強させていただきました。滋賀医科大学医学部附属病院に入院患者が出た場合は遠方ですができるだけ業務の合間を縫って見に行くようにして、2022年にはリウマチ専門医を取得しました(同年にアレルギー専門医の資格取得)。
私と佐藤先生は同じ年に出産を経験しましたが、お互いに補い合いながら二人とも乗り切りました。家族はもちろん、診療所、滋賀医大ともに、理解があり、また融通の利く職場で多くのサポートをいただきました。
私が研修を始めた当時、私のライフステージは育児が中心であり、時間的な制約があり、診療の中心を外来業務に置いてきました。このような働き方に理解を示してくれた先生方、またキャリアアップのためにご指導いただいた先生方のお陰で研修を積むことができ、大変感謝しています。今後も家庭と仕事のバランスを取りながら、入院の急性期管理についてもさらに経験を積んで、日々学び続けていきたいと考えています。
中瀬古 春奈 先生
(さとう糖尿病訪問診療クリニック小児科)
私は三重県桑名市のクリニックに勤務する普通の小児科医です。最前線の先生方のモデルケースに混じって恐縮ですが、リウマチ性疾患の診療は総合小児内科に役立つ要素をたくさんもつ分野であり、一般小児内科医の立場からその魅力をお伝えしたいと思います。
現在の私の活動は8年間小児リウマチの診療経験後に始めたもので、最近ようやく形になってきた段階です。桑名市は立地的に車で小1時間足をのばせば、県内や隣県の大学病院やこども病院にアクセスできる一方で、市内に小児科の数が少ない、夜間休日に小児を受け入れ可能な二次救急がない、稀少疾患・医療ケア児などの支援優先度の高い方の地域での受け皿が少ないなどの課題があります。当クリニックは、一般小児科診療とともに訪問診療や様々な配慮が必要なお子さんの診療枠を通じて微力ながらこれらの問題に取り組むことを目指しています。
小児リウマチとは無関係そうな活動ですが私の小児リウマチとの出会いは、地元の病院で小児科後期研修終了後に、あいち小児保健医療総合センターで2年間各専門科のローテ―ト研修をさせていただいた時です。どの科でも得がたい時間でしたが、リウマチ膠原病を含む感染免疫科は特に印象的で、学んだ知識の使い方を底上げしてもらった感覚でした。ローテート終了後愛知県内の市中病院で勤務していたところ、小児センター感染免疫科科長の岩田直美先生にお誘いいただき、喜々として飛びついてお世話になりました。
リウマチ膠原病は免疫や炎症の病態が引き起こす全身性疾患です。炎症は小児科では感染症をはじめとして最多の病態ですし、リウマチ性疾患は全ての臓器がターゲットとなりうるため各臓器の管理を繰り返し復習しているのと同じ状態で、自然と臓器毎の評価や各専門科に依頼すべきタイミングが明確になってきて、今もとても役立っています。
また、炎症性疾患は急性疾患と慢性疾患が混在しています。迅速に対応すべき児や一旦戻って再検討すべき児が常におられ、小児リウマチの先生方は迅速に進んでいく中でも一定の慎重さを併せ持っておられる方が多いと感じました。
さらに稀少な慢性疾患の診療では、成長に伴う児への対応の変化や多職種とのコミュニケーション、他科や移行期に向けた成人科との連携、公的制度利用、保護者や兄弟児への配慮など、疾患の診療以外にも様々な対応が求められます。この部分を主治医がどれだけ対応可能かで診療全体の質がいかに変わるか、教えていただきました。
今後は、リウマチ性疾患の診療で学んだことをニッチなかかりつけ医としてお子さんたちに還元していきたいと思っています。
小児リウマチ性疾患というとマニアックなように感じる方も多いと思いますが、以上のように小児内科診療全般に必要なエッセンスがつまっています。お会いした小児リウマチ専門の諸先生方は同時に優れた小児総合内科医でもあられました。ぜひ、小児科専門医取得後に総合小児科医を目指されている先生がサブスペシャリティを考える際の選択肢としてご検討いただけたらと思います。
